天王寺動物園のラニー博子死去

天王寺動物園のアジアゾウ
「ラニー博子」推定48歳が
2018年1月215日死んだ。
1970年の大阪万博を記念して
インド政府から贈られて以来、
半世紀近くにわたり
市民らの人気を集め続けた。


昨年夏ごろから
両前足の化膿(かのう)が悪化し、
歩くことが難しくなっていた。

薬を塗っても
鼻でぬぐってしまうため
効果が薄く、

今月23日からは
展示スペースに出なくなり
24日午後から横たわったままだった。

内臓に負担がかかるため
飼育員が起こそうとしたが、
立ち上がることなく、
25日午後5時過ぎ、
ゾウ舎の中で眠るように死んだ。

2014年に
推定66歳で死んだ雌の「春子」
(50年にタイから来園)とは長年、
2頭で人気を集めながら
ライバル関係にあったとされる。
挑発し合ったり、
鼻でふんを投げ合ったりする姿が
ゾウ舎の日常風景だった。
春子が死んで以降は、
園唯一のゾウになっていた。

関係者から
は死を悼む声やねぎらいの言葉が
聞かれた。

04年まで5年間、
園長を務めた中川哲男さん(74)は、
博子の来園と同じ年に結婚したといい、
「思い入れがあるゾウだった」と語る。

やんちゃでいたずら好きの性格は
来園者からも人気で、
「人にも物おじせず、とても可愛かった」
と振り返る。

在園時、パートナー探しに奔走したが、
うまくいかなかったという。
「良い伴侶を見つけてやりたかった。
それができなくて悔いが残る」と残念がった。

牧慎一郎園長(47)は
「天王寺動物園の象徴のような存在で、
感謝でいっぱい。
小さい頃に来園して
博子に会った方には
最後に花を手向けてもらえたら」
と話した。【藤河匠、金志尚】

馬之助の感想

春子とラニー博子の象は
天王寺動物園の名物で
何度か会いに行ったことがあるわ。

ラニー博子小象時代

ラニー博子が来日した時は
まだ小象で、
先にいた春子はすでに大人の象。

体のでかさに体力に
圧倒的な差があり
春子は当時もう一頭いた象と共に
ラニー博子を苛めたのよ。

鼻で博子を小突いたり
通せんぼしたりね。

でもやがてもう一頭の象が亡くなり
春子が年を取ってきた頃、
博子はおとなになり
仕返しするようになったのよ。

象舎の中で自分のふんを
相手の象舎に投げ入れる応酬は
飼育員を困らせたみたいよ。

象舎の天井には
二頭のうんこの跡がいっぱいついてね。

春子は2015年に亡くなり
映画になったのよ。

春子最後の夏

そしてついにラニー博子も
天国に逝ってしまったわ。

春子もラニー博子も
大往生だとは思うけど寂しいわね。

象は頭がいいから
あたしたち人間を
どういうふうに思いながら
みていたのかしらね。

愚かな人間のために
尽くしてくれた動物たちに
心から感謝。
どうぶつのくに
↑ラニー博子が元気だった頃の情報あり。
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